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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3825号 判決

原告 日本理研ゴム株式会社

被告 辰浦秀雄 外一名

主文

被告等は別紙物件表記載の物件について大阪法務局今宮出張所昭和弐九年五月拾弐日受付第九参五弐号の原因昭和弐八年拾壱月四日錯誤なる第四番移転登記の抹消登記(甲区五番)により抹消された左記登記(甲区四番)の回復登記手続をせよ。

移転

受附 昭和弐八年拾壱月四日第壱弐六壱参号

原因 昭和弐八年拾月弐八日贈与

取得者 南区日本橋筋弐丁目五拾番地

辰浦艶子

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり陳述した。

一、原告(日本ゴム工業株式会社は昭和三三年二月一八日商号を日本理研ゴム株式会社と変更)は、昭和二九年二月一一日被告艶子所有にかかる別紙物件表記載の建物につき、債務者訴外大和物産株式会社、根抵当権者日本ゴム工業株式会社、債権極度額金弐百万円、原因同年同月同日根抵当権設定契約なる根抵当権設定登記(大阪法務局今宮出張所昭和弐九年弐月拾壱日受付第弐五参五号)を経由した。

二、ところで、元々右の建物は、同訴外会社の代表取締役なる被告秀隆の所有であつたが、同秀隆は、昭和二八年一〇月二八日その妻被告艶子に対し右の建物を贈与し、昭和二八年一一月四日贈与を原因とする所有権移転登記(同日受付第壱弐六壱参号)を経由し、その後前記のとおり同艶子は、原告に対し根抵当権を設定しその登記をなしたところ、昭和二九年五月一二日、両被告共謀の上(一)右の所有権移転登記の原因たる贈与に錯誤がないにもかかわらず錯誤ありとして、これを原因とし(二)登記抹消につき登記上利害関係ある第三者である原告の承諾を受けることなきは勿論、抹消登記申請に必要な書面たる原告の承諾書またはこれに対抗しうべき裁判の謄本を添付することなく、所有権移転登記抹消登記申請をなし、登記官吏は右書面の添付がないとして右の申請を却下すべきにかかわらず、これを却下することなくこれを受理し、右の登記(昭和弐九年五月拾弐日受付第九参五弐号)を実行(右の所有権移転登記を朱抹)したため、原告の根抵当権設定登記は無効化するに至つた。

三、よつて、原告は被告等に対し、右のような無効な右抹消登記により不適法に抹消せられた右の所有権移転登記の回復を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁。抗弁をなした。

一、原告主張のような各登記の経由事実は認め、その余の事実を否認する。

二、仮りに、原告がいうように、原告が不動産登記法第一四六条の「登記上利害の関係を有する第三者」に該当し、従て抹消登記申請に際し右のような書面添付を要するとしても、この添付なきまま一旦登記官吏において登記申請書が受理され登記が実行された以上、右書面の添付がないという手続的瑕疵は治癒されるから、右の抹消登記は有効である。

理由

前記各登記を経由したことは当事者間に争いのないところである。

先ず、原告は不動産登記法第一四六条の「登記上利害の関係を有する第三者」に該当するかを考えるに、登記の形式上から一般的に損害を被るべしとの虞れありと認められる第三者は、実質的、具体的損害の有無にかかわらず、すなわち、右の「登記上利害の関係を有する第三者」に該当することは、学説判例の認めるところであるにより、抵当権設定登記を受けた原告(実質的に抵当権者であるかどうかに拘ることなく)また然りということができる。そうすると、抹消登記申請に際し原告の承諾書またはこれに対抗しうべき裁判の謄本を添付しなければならないことは明白である。

次に、抹消登記申請書に右書面の添付がなかつたにかかわらず登記官吏が右の申請書を却下しないで実行した本件抹消登記が有効か無効かを考えるに、抹消登記に対する登記上利害関係ある第三者の承諾が実質的に存在することは登記の手続的有効要件であつて、そのような承諾を証する書面が形式的に申請書に添付されることは登記の手続的有効要件の前提たる登記申請の手続的要件であつて、登記の手続的有効要件の欠缺は登記を無効たらしめ、登記官吏が誤つてこのような申請を受理し登記を実行したからとて右の無効を有効に転換しうるものではなく、換言すれば、手続的瑕疵もこの種に属する限りは、治癒さるということはなく、それに反し、申請の手続的要件の欠缺は、右の承諾の実質的に存在する限り単に申請上の瑕疵に止り登記を無効たらしめない、換言すれば、登記官吏が申請を受理し登記を実行した以上手続的瑕疵もこの種に属する限りは、被告主張のように治癒されるものと解すべきである。ところで、右の第三者たる原告の承諾が実質的に存在しないこと、その承諾を証する書面が右の登記申請に添付されていないことは、前者については弁論の全趣旨から、後者については被告等の自認から夫々明白である。そうすると、登記の手続的有効要件および申請の手続的要件を併せ欠缺する被告等の抹消登記は無効である。被告が前記の手続的瑕疵が治癒されることが直ちに右の抹消登記を有効化するとの抗弁は採用し難い。

最後に、右抹消登記の対象たる既存登記としての所有権移転登記に錯誤なる不適法の原因。理由が存したかどうかを考えるに、右抹消登記の原因が錯誤となつていることについては当事者間に争いはないけれども、その実質的理由たる錯誤の事実については、原告は存在しないと主張し、被告等は存在すと抗争する。この場合右の実質的理由の存在につき被告等は立証すべきものなるところ、これを認定する証拠は存しないので、右所有権移転登記に錯誤なる原因。理由なしとの原告の主張は理由があり、右の抹消登記は実質的要件を欠くものとして、この点からするも無効たるを免れない。

叙上の理由により、不適法に右の無効なる抹消登記により全部に亘り抹消された右の所有権移転登記の回復を求める原告の本訴請求は正当であつてこれを認容すべく、よつて、民事訴訟法第八九条及び第九三条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 井上松治郎)

物件表

大阪市南区日本橋筋弐丁目五拾番地上

家屋番号同町壱弐四番の参

一、木造瓦葺弐階建店舗 壱棟

建坪 七坪四合弐勺

弐階坪 七坪四合弐勺

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